【誰でもできる】やっぱりお父さんのリーダーシップは万全なのだ

父権の回復という言葉があります。食卓に父親がどっしり座って新聞等を広げていて、その周囲を家族が取り囲むように着席している。皆は静かに食事をしている……。といった情景を思い浮かべるのではないでしょうか。一昔前に流行ったホーム・ドラムのワンカットを彷彿とさせるこの情景こそが父権のあるべき姿を象徴していると同意される方も少なくないかも知れません。

同時に、あまりにもナンセンスと一笑に付される方もいらっしゃるでしょう。それも確かに同意できる意見であって決して少数派のものであるとは言えないのです。それはなによりも、現実からの乖離が大きすぎることに原因があるのです。現実から掛け離れてしまった父権のイメージ。もはや父権とは古色ゆかしいファンタジーになってしまったのかも。

固定化されたイメージに執着して現実から目を逸らしてしまうと、物語はナンセンスに陥るのです。現実の変化を見据えずに、確立された父権のイメージにこだわってしまっていたのではないでしょうか。最早家族がくつろいで団らんするといった場所も時間も現実社会には存在してはいないのです。現代の生活に適合した父権のイメージを再構築することが必要だったのです。

父親の権利を家族に対して主張してしまうと逆効果を生じます。家族にとっての父親は縮小し出して、あるいは憐れまれてしまうかも知れません。父親の権威と父親の権利は区別されるべきです。父権とは父親の権威であって、父親の権利ではありません。そして権利の主張は弱者の行為なのです。虐げられた者の生存をかけた行為が権利の主張です。私たちはそのことを本能的に理解しているのではないでしょうか。

父親のイメージを再構築しましょう。父親とは社会に対する家庭の総意なのです。それは社会的なステータスなのです。だからこそ会社内での地位なり報酬なりが問題にされることもあるわけです。これは家庭が社会から切り離された存在ではないことを意味します。ここに父権が場所を得るを可能にするイメージがあるのです。

学校のPTA会に出席して帰って来たお母さんの話を聞くとき、子どもが学校から帰ってきたとき、まず姿勢を正して両手の掌を上に向けた状態で両膝の上に置いてゆったりと座ります。そしてお母さんや子どもに正面に迎えましょう。リラックスが肝腎です。眉間にシワがよっているのは緊張を表しているので要注意。そしてこれだけのことです。これが第一歩。子どもの話を聞きたいと思った時には、これと同じ姿勢をとります。

家族は気づかず目の前を通り過ぎてしまうかも知れません。ほとんどの場合そのはずです。そこで慌てず、騒がず同じことを繰り返すのです。この姿勢はラポートとかラポールと呼ばれる信頼関係を誘うために無意識に語りかける非言語(ノンバーバル)の言語です。だからすぐに気づかれることがないのです。しかし、無意識に語りかけられると人間は抵抗することができません。

「お父さん、どうしたの?」等と声をかけてくれば、しめたものノンバーバル・アプローチが効果している証拠なのです。ゆったりと聞き返します。「今日の学校はどうだった?」とか「上手くいったの?」などという相手の言葉を誘うようにすると会話が始まるはずです。このようにラポールを確率した上での会話は、ひと味違ったものになるはずです。

後は語られる内容をできるだけ、そのままに繰り返してお母さんや子どもたちの語りの気持ちを言葉で表現しなおしてあげることで、相手に話を聞いているということを伝えることができます。聞き手にとっては取るに足りないことかも知れません。しかし、評価は禁物です。ただ、感情を拾って言葉で拾ってあげるようにしましょう。この会話の積上げが父親の権威の基礎になるのです。